2005/Jan/26 Wed | おしらせ
もしその時には
地震と津波と聞いて日本の多くのサーファーはどのように考えているのだろう。
決して遠い国での話では無い。ここ日本は地震大国なのだから。
知っているとおり、TSUNAMIと言う言葉も、津(港)波、日本で生まれた言葉なのだ。
2004年のスマトラ島沖での津波の悲惨さは、まだ皆さんの目に焼き付いているだろう。
果たして、この地震大国と呼ばれる日本で波乗りを人生の一部としている、私たちはあのような津波に遭遇しないといえるだろうか。
しかし、決して津波を恐れすぎてもいけない。
あるサーファーは津波を見たらあきらめると言っている事を聞いたことがある。
その言葉には、たぶん自分は遭遇しないと言った楽観的な妄想に浸っていないだろうか。
死を知っている者は決してあきらめないだろう。最後まで活路を見いだす努力をするはずだ。
では津波に遭遇して生き残る事が出来るだろうか。その答えは自分達にあると思う。
まずは知ることが必要、自分のホームポイントや津波のこと、または仲間との連携、地元の住民、地域社会のことも。
そして対処方法を常に考えておく、如何にその時に動くか。
そしてサーファーが海での最高なレスキューとなれば、多くの命が津波に奪われないだろう。
そんな意義と目的を持って、このシンポジウムはサーファー(TSA)の手によって自治体・学術者の協力を得て開催となったのです。
シンポジウムの開催された渥美半島伊良湖(表浜海岸)は東海地震・東南海地震の震源域に入っています。
また東南海に連動されると言われる南海地震にも多大な影響を受ける地であります。
震災は何時起こるか、予測は非常に困難であり、私たちサーファーも、まさか自分達が被災するなどと、なかなか実感が湧かないでしょう。
しかし、私たちサーファーは地球のサイクルと言うものを波に乗ると言った形で、常に海から感じているのです。
言ってみれば地震も大地の波動と捉えて、考えて見ると良いのではないでしょうか。
フラットの時もあれば、低気圧によって少しづつ波が出てくるときもある。
大地の場合は、よりゆっくりと長い年月を掛けて動くでしょう。しかしそのサイクルは確実に生きているのです。
今回、この伊良湖の表浜海岸でもその波動は足の下で、今現在も確実に動いているのです。
では、この浜で起きたらどうなるか。
実は自治体(市や町)などでも、震災時の把握は各々の市民、居住者が対象として対策がなされており、海岸でのサーファーや釣り人と言った流動的な対象は把握・対応が出来ないと言ったことが分かってきたのです。
サーファーはいつでも波と海からの恩恵(波)とリスク(危険)を得ているのですが、それは当然、自然の中だからです。
競技場でもなく、囲われた室内でもないのです。サーファーはその自然環境の中に立ち入るのだから、様々なリスクがあります。
では、まず地震と津波を、ここ伊良湖の表浜海岸で起きた場合を、考えてみたいと思います。
伊良湖の表浜の場合は、弓状の砂浜が比較的に残っている約50キロほどの海岸です。
後背地には丘陵と海岸崖がほとんどで、中程に赤羽根漁港があります。
伊良湖のメインスポットとしては赤羽根ロングビーチがあり、東部には田原市、豊橋市、静岡県の湖西町、舞阪町までと
各地域の前浜ごとにサーフスポットが点在しています。
赤羽根漁港より西部は磯となり、日出の石門のある堀切海岸、恋路が浜、伊良湖岬まで続きます。
海岸の地形は表浜海岸の東部と西部は比較的砂浜も広く、ややなだらかな丘陵地となっています。
場所によっては造成してある海岸もあり、車を止めるスペースも広く、シーズン時には平日でもかなりな数のサーファーで賑わいます。
表浜海岸の中央部は豊橋市から田原市の海岸は海岸崖(方部とこちらでは呼びます)も険しく、高さ約30〜50メートルほどの高さとなります。
その崖と海の間は砂浜を含め、約30メートルから広いところで100メートルぐらいの幅で海岸の作業道路、もしくはみんなが車を止める
スペースとなっています。
伊良湖の海岸の後背地はほとんどが農地であり、人里からもかなり離れた海岸となっています。
国道42号線(表浜街道)から伊良湖に向かって車を走らせると、左に折れる道があれば、たいていは農地を通り、崖の谷間か急な斜面を細い道で下って海岸に着くと言った表浜独特のワイルドな展開となっています。
このようなロケーションにて、伊良湖の表浜海岸は各地県外や遠くは関西、関東からもサーファーが訪れており、夜から車にて海岸で朝を迎え、朝の一番の波を狙うと言った人も多くいます。
そこで現在想定されている東海・東南海・南海地震が起こるとすると、この表浜海岸で何が起こるのか考えなければいけません。
想定震度は東海地震で震度5〜7程度。東南海・南海の連動の場合も同程度の地震と想定されています。
その状況下では、表浜の特徴でもある海岸崖はほとんどが崩落すると思われます。
昨年の台風などの豪雨時に豊橋西部から田原市の海岸崖においてかなりの数の崩落があり、一時海岸封鎖といった事にもなりました。
当然、地震においては、微弱な地盤(泥岩や砂岩)のほとんどの海岸崖で崩落が起きるでしょう。
東南海地震(1946年)では村から見て海岸の方角から、大きな砂煙が確認されたそうです。海岸崖の大崩落があったことが記されていたのです。
海岸崖の下には出来るだけ駐車しない。まして家族を連れて来た場合など、これは鉄則としてください。
地震が来たとき、まずは崖から出来るだけ離れる必要があります。
その時、注意する事がまだあります。砂浜などは液状化と同じ現象が起こることがあります。
足を取られたり、もしくは防波ブロック・傾斜提が崩れたりします。
地震が収まったら、海に出ている仲間に異常を伝える必要があります。
車のホーンやライト、または発煙筒など常に仲間同士でルールを取り決めておくと良いでしょう。
また、津波は谷間(これはほとんどの海岸に通じる道)を駆け上る性質があります。
あなたの愛車はもう無駄です。場合によっては動く棺桶になるでしょう。車に命を賭ける必要はありません。
海岸に通じる道は、急斜面や谷間、もしくは造成した農道となっています。地震にてその道は全てと言っていいほど崩壊する恐れがあります。それは何を意味するのかと言うと、海岸に封鎖されると言うことです。
崩落を免れた高台(判断は非常に難しいので、いつも地形を見ておく)や待避出来そうな高さと頑丈さを持った建造物に真っ先に駆け上って下さい。
第一波は東海地震の場合、約15〜20分程度で来ると言われています。しかしそれも予測です。素早い行動は必須です。
津波は長周期の波と言われて、通常の波(短周期)の常識は通じません。
一端、白波が押し寄せてくると、かなり長い時間潮位が上がったままとなるわけです。
また引き波にも注意しなければなりません。谷間など濁流となって沖合に流されてしまいます。
一波が過ぎた後、安心してはいけません。数分後にはより大きな第二波〜三波と続きます。
避難演習では終了の合図が入るのですが、現実にはありません。収まりの判断は周りの状況と沖合をしっかりと見て判断してください。
収まったと判断した場合、次にあなたが行動する事は周りに生存者がいないか確認します。
そこでも注意が必要です。本震に近い余震はまだ起きる可能性は高いはずです。
仲間の協力を得て迅速に行動しなければいけません。
助け出せる生存者を安全と思える場所に移動した後、代表者を選び、余震に気をつけ、約数キロあるだろう街を目指してください。
但し、救助は来ません。なぜなら街でも倒壊による被災者の救助で手一杯なはずです。
ただ、自分たちと仲間が避難している事を伝えなければいけません。
避難所は国道42号線を目指して行けば、小中学校、校区市民館か公民館、公園などが避難所に指定してあります。
そこにはある程度の道具と援助物資があります。
地元の方に伝え、また救援をお願いできるようなら、道具・救急物資など運びより安全な所まで避難したあと、救援まで耐える必要があります。
また、お年寄りの多いのが沿岸地域でもあります。あなたの力や仲間との連携が、より多くの失わなくて良い命を助ける事に繋がります。
それにはサーファーとして津波を知っておく、常日頃から、ホームスポットを知る努力をする。仲間と話し合う。
それが、地震が起きなかったとしても、いつかあなたのサーファーとしての財産となるでしょう。
幸いに東海地震は予知が出来る可能性があると言われています。
警報など、日頃から把握と言った地域の情報も、熟知しておく必要があります。
但し、この内容がどこでも当てはまるとは言えません。海岸は様々な状況です。場所によってはまったく違う場合もあります。
自分たちなりに情報を消化し、考える必要があることは間違いありません。


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