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| 表浜の海岸線の変化 (表浜海岸より:豊橋技術科学大学 / 青木伸一) |
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(1) 砂浜の変化
表浜は毎年1メートルずつ侵食されていると言われていますが、本当でしょうか? 天竜川の上流にダムができたのがその原因だとも言われていますが、ダムの影響は表浜にどのように現れているのでしょうか? 佐久間ダムができてから50年近く経っていますが、この間に表浜は本当に50メートルも狭くなったのでしょうか?・・・場所によっては、50メートル以上狭くなったところもあるでしょうし、場所によっては昔よりも砂浜が広くなったところもあるかもしれません。残念ながら、表浜がどのように変化しているのかを示す正確なデータはほとんどなく、したがって、将来表浜がどうなるのかを予測することはとても難しいのです。
これから述べる内容は、あくまでも表浜の「砂浜」に限定した話であることをあらかじめ断っておきたいと思います。表浜といっても砂浜の背後はさまざまな地形になっており、愛知県側は海食崖と呼ばれる高い崖がそびえているところが多いのはご存知のことと思います。この崖はずっと昔から太平洋の波や風雨によって侵食されてきた歴史があります。最初に述べた毎年1メートルの侵食というのは、実はこの崖の侵食のことだったのです。ただ、その崖侵食も今ではほとんど止まっています。崖の上の土地を守るためには、この崖の崩落は何とか防がなければなりません。そこで、1960年代から崖侵食を防ぐために崖の下をコンクリートのブロックや護岸で固めてきたためです(写真1)。
あまり知られていませんが、実はこの崖の侵食は、砂浜に土砂を供給するという役目があったのです。崖の侵食防止工事は崖からの砂の供給を断ってしまうことになり、砂浜にとってはあまりうれしくない工事でした。また、写真を見てもわかるように、コンクリートのブロックは、崖と砂浜という自然のままの海岸に比べて、いかにも見た目が悪くなっています。このように、人間の生活を守るために自然に対して行う行為には、かならずマイナス面もあることを十分認識しておくことが重要です。
話が少しそれました。まず、1年のうちに表浜の砂浜はどのように変化しているのかをみてみましょう。夏にしか海に行かない人にとっては、表浜には結構広い砂浜があると思っているかもしれません。そんな人は一度秋の台風シーズンに表浜に行ってみて下さい。夏に広々としていた砂浜がすっかり痩せてしまっていることに気づくと思います。ところがこの痩せた砂浜も冬の間に回復して、春ごろにはまた広い砂浜に戻ってくれるのです。このように、砂浜の広さや形は季節によって大きく変動しているのです。その原因は、季節によって海面の高さや波の大きさが異なり、特に台風時期には大きな波がやってくるので、砂が沖の方に一時的にもっていかれるためです。
図1は、豊橋技術科学大学の海岸工学研究室で1999年から豊橋の小島海岸で毎週1回行っている砂浜の地形測量の結果を示したものです。1999年5月を基準とした汀線(陸と海の接するところ)の位置の変化を表したものです。正の値は汀線が海側に移動し砂浜が広くなっていることを表しており、逆に負の値は砂浜が狭くなっていることを表しています。 この図より、汀線の位置は1週間の間にも結構変化し、1年を通してみると、40メートルくらいの幅で変動していることがわかります。このように、海岸に打ち寄せる波や海面の高さの変化に対応して、砂浜は時々刻々変化していることがわかります。この変動は、天竜川にダムができたことによって数十年の間に徐々に砂浜が痩せているという現象とは、明らかにその性質や原因が異なっており、これらの変化は区別して考える必要があります。もっと極端な例を挙げると、何百年、何千年という時間の中での砂浜の地形変化もあります。このように、砂浜の変動を見る際には、どのような「時間の物差し」で見るかが重要なのです。以下では、主として最近50年間程度の砂浜の変化について述べることにします。
(2) 人工化する海岸
まず、最近50年間に表浜の砂浜に対して人間が影響を与えたと思われる行為について簡単にまとめておくことにします。1960年代から崖侵食防止のために消波ブロックが崖の基部に投入されはじめたことは前に述べましたが、1980年代からは崖前面に護岸と呼ばれる堤防を建設してきました。この崖の崩壊を防ぐ工事によって、1980年代後半までに愛知県側の45kmの海岸ではほぼ全域に消波ブロックが設置されました。一方静岡県側では、1978年に浜名バイパス、1996年には潮見バイパスが完成し、愛知県との県境から浜松市にかけて海岸線を国道が走るようになり、ここでも護岸が整備されました。
図2は佐久間ダムに貯まった砂の量と天竜川下流部での砂利採取量の経年変化を示したものです。佐久間ダムでは年によって変動はありますが、年間およそ200万立方メートルもの砂を貯めていることが分かります。また、1960年代にはコンクリートの材料を調達するために、年間100万立方メートル以上の砂利採取が行われていたことがわかります。これらにより、天竜川から遠州灘に出る土砂の量は激減し、現在では50年前の1/10程度(20万立方メートル程度)しか供給されていないと考えられています。これは表浜の砂浜にとっては死活問題です。
わずかとはいえ天竜川から出た土砂は、波や流れによって海岸線に平行にゆっくりと西向きに移動し、最終的には伊良湖岬まで到達すると考えられています。ところが、我々はこの砂の動きを阻止するような構造物を海岸に造ってきました。釣りが好きな方は、浜名湖今切口の堤防(流れを速やかにする堤防という意味で導流堤と呼びます)や赤羽根漁港の防波堤に行ったことがあるかもしれませんが、これらの構造物は、浜名湖と海との間の水の出入りをスムーズにしたり、大きな波から港を守るという大切な役割を担っているのですが、いずも天竜川から西向きに流れる砂の移動を妨げる働きがあります(後ほど写真を示します)。
その他にも、天竜川の河口、今切口の西側、伊古部、赤羽根漁港の西側などには海岸線から数百メートル離れた位置に海岸線に平行にブロックが並べられているのを見たことがあるかもしれません。これは離岸堤という構造物で、堤防の背後に砂を呼び込み砂浜を拡げる働きがあります。しかし、あるところに砂がたまるということは、その他の海岸に砂が流れにくくなるということで、これもやはり砂の動きを妨げる構造物ということになります。
以上のように、表浜海岸においては、天竜川が供給してくれる土砂が大きく減少し、崖から供給される土砂もなくなり、さらには砂の西向きの移動を妨害する構造物がたくさん海岸に造られてきたことがわかります。これらのことがわずか50年の間に急激に起こったため、何百年、何千年の間に自然に形成された表浜は、人間によって、今大きく変えられようとしているのです。
(3)海岸線の変化
子供の頃から表浜を見て育った年配の方は、「子供時代に比べて最近は砂浜がずいぶん狭くなった」とよく言われます。この感覚はおそらく間違いないのでしょうが、大きくなってから小学校に行くと、小学生の頃には広いと思っていた校庭がずいぶん小さくなったように感じることがあるように、人間の感覚というのは当てにならない場合もあります。やはりきちんとしたデータが必要です。
図3は、が1965年と1966年に群馬大学の山内先生(1967年)が調査した砂浜の幅と、豊橋技科大で1996年と1997年に調査した砂浜の幅を比較して示したものです。グラフの横軸の値は、天竜川河口からの距離を表しており、75km付近は伊良湖岬に対応します。県境は30km付近です。両者のデータは砂浜の陸側の境界の決め方が異なっており、単純には比較できないのですが、全体的として最近の砂浜は狭くなっていることは確かなようです。場所によっては百メートル以上も狭くなっている箇所もあります。
表浜全体についてのきちんとした調査データがあると、砂浜の変化の様子がよくわかるのですが、残念ながら表浜海岸全域にわたって地形を実際に測量して調べたデータはほとんど見当たりません。
したがって、1960年頃から現在までの表浜全体の地形変化を見るには、空中写真を利用するしか方法がありません。豊橋技科大では、およそ10年ごとの空中写真をパソコンに取り込んで解析し、年代ごとの海岸線(汀線)の変化を読み取りました。ただし、写真をとった時間が満潮か干潮かによって汀線の位置が違って見えるので、正確な汀線位置を見つけるために、潮位の補正などいろいろな補正を行っています。
図4は、1962年(一部1963年)の写真から読み取った汀線位置を基準として、1982年(一部1983年)および2000年(一部1997年)の写真から読み取った汀線位置の変化量を示したものです。横軸は図3と同様で、縦軸の値が負の場合(上向きの線)は60年代に比べて汀線が後退していることを、正の場合(下向きの線)は汀線が前進していることを表しています。これより、砂浜の大きな侵食は、天竜川河口付近、田原町周辺、赤羽根漁港西側の海岸に集中していることに気付きます。一方、浜名湖今切口東側の海岸では汀線が大きく前進しており、導流堤の影響で西向きの砂移動が阻止されて導流堤の東側に砂が堆積したことがわかります。
写真2は1946年と1997年の空中写真を比べたものですが、導流堤の影響がはっきり現れています。
また赤羽根漁港の東側でも40年間で100m以上の汀線の前進がみられますが、これも防波堤が西向きの砂移動を阻止したためであると考えられます(写真3)。
このように、表浜海岸では、天竜川からの流出土砂量の減少に伴って汀線が一様に後退しているわけではなく、導流堤や防波堤などの砂移動を阻止する構造物による影響の方がむしろ大きく現れていることがわかります。図4を図3と比較すると、図4で汀線が大きく前進している海岸でも砂浜幅が減少しているところがあり、矛盾すると思うかもしれませんが、これは護岸を建設したり保安林を整備したりすることによって陸地部分が拡がり、結果として砂浜が狭くなった結果だと思われます。
(4)これからの表浜
これから何十年か経ったあとの表浜は果たしてどのようになっているでしょうか?最初にも述べたように、この予測は容易ではありません。50年前と比べてもそれほど大きく砂浜が狭くなったわけではないから、当分は大丈夫だと言う人がいるかもしれません。また少し心配性の人は、天竜川から出てくる土砂が大きく減少した影響がそろそろ一気に出はじめ、しかもこれからは地球温暖化で海面が上昇するようだから、そう遠くないうちに砂浜が消えてしまうのではないかと言う人がいるかもしれません。実は、この分野の専門家でも表浜が今後どのように変化するかを自信をもって予測できる人は居ないと言っても過言ではありません。その理由はいくつかありますが、1つは、海岸の砂の動きというような身近な現象でも、実際の海で正確に予測することは難しいという事実があります。さらに表浜については、これまでに蓄積されている正確なデータが非常に乏しいことが致命的です。表浜を、これから生まれてくる子供やウミガメのために、いい環境で残しておくためには、少なくとも、表浜の砂は天竜川から伊良湖岬に流れていっている砂であることをよく理解し、なるべく自然に逆らわない方法で砂浜を守っていく必要があるでしょう。ダムに貯まった砂を海に運べばいいじゃないかと思った方がいるかもしれません。いま、国土交通省では真剣にそれを考えています。表浜がいつまでも豊かな砂浜と青い海の海岸であるように、50年後にもウミガメが上ってこれるような砂浜を残しておくために、私たちはみんなで知恵を出し合うと同時に、今の表浜をなるべく詳しく調べて記録に残しておくことが重要です。 |
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| 平成14年度表浜ネットワーク発行「表浜海岸」より |
| お求めの方はこちらまで mail : info@omotehama.net |
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| 冬 寺沢海岸から |
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| セグロカモメ(冬場によく見られます) |
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表浜ネットワーク事務局
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